耳を鍛える
昔話で恐縮ですが、開局したての昭和50年代、先輩のアマチュア無線家から『ワッチ』という単語を耳にタコができるほど聞きました。 当時はさっぱり意味がわからず、『うるさいおっさんの押し付け』と思っていましたが、あるレベルまで行くと何となく理解できます。 そして「ワッチって大切だよね」と思い始め、新しく始めたアマチュア無線家に『ワッチ』を押し付けてしまいます。
『ワッチ』はアマチュア無線では必須技術だと思います。 デジタル通信ではコンピュータシステムが信号を復調し、『ワッチ』が要らなくなるかもしれません。 それでも人と人との声やモールス符号でのコミュニケーションとして、アナログ通信は残るはずです。 これらのことから、やはり『ワッチ』は大切です。
今まで経験者ぶって『ワッチ』を強く勧めてきましたが、その反省をふまえて、『ワッチ』にまつわる経験を書いてみたいと思います。
聞くことから見ることへ
近年、アマチュア無線でもデジタル通信が盛んになり、信号の復調(認識)がパソコンが担ってくれるようになりました。 この技術は、聴力に不安を持った人もアマチュア無線が楽しめ、歓迎できる技術ではないでしょうか。 弱い信号もデジタル処理で可視化できます。 オペレータの優劣がなくなり、ますます『ワッチ』という単語が消えかけます。
従来の人間が無線システムの一部を担い、自分の能力を発揮する機能が変わると、自分の出番が減ったような寂しい気がします。 もしかすると、私のような経験を積んだ局が危機感を持つのも、この点かも知れません。 さらに個人的にも、信号処理のプログラムを作る経験のある私としては仕事の延長のようで、少々避けたい気持ちもあります。
新しい通信技術は可能性を広げるものがあると同時に、過去の技術を薄れさせてしまいます。 しかし、多様性を許せる私たちアマチュア無線の状況を考えると、6mではAMが活躍しているようにアナログ通信は残ると信じます。 将来は『ワッチ』というワードが、伝統的な技術になってしまう可能性がないとは言えませんが、消えないでいてほしいと願うばかりです。
ではどこら辺を聞けばよいか
聞いた話ですが、とある周波数でSSBは、しっかり3KHzの間隔を保てと指導する局がいらっしゃるようです。 確かにSSBの帯域からそのような間隔を推奨しているのだとは思いますが、設備によって帯域の広がりが変わるのはないかと考えます。 増幅された信号はピークの前後に裾野が延び、教科書で学んだ『かまぼこ』みたいな波形にはなりません。 6mではそのような暗黙ルールがありません。 チャンネル的な概念で縛られず、自由があってよいと思います。
話を戻して移動運用では、CQを出してたくさん交信するという目的がありますが、『自宅ではできないエリアと交信する』という目的もあります。 すると『ワッチ』という単語が出てきます。 50MHzは4MHzの幅がありますので、どこら辺の周波数をワッチしましょうか。
6mの国内QSOでは、だいたい50.150~50.300MHzをしっかり『ワッチ』すればいいと思います。 他の周波数は、極端に運用局が少ないですから、ノイズだけを聞くことになります。 AMが気になったら50.500MHz以上を、FMならば51.00MHzをワッチすることになります。
ダイヤルとクルクル回すのではなく、念入りに探ってみてください。 気になる信号に気付いたら、ダイヤルを左右に回し、信号が最大になる周波数を探します。 すると微弱ながら聞いたことのないエリアの信号を発見することがあります。 日常とは違うエリアとの交信は、移動運用の一つの楽しみです。
強い局に隠れて
大都市圏で『ワッチ』していて、困ることが近隣の運用局の交信です。 最近のリグはきれいな電波ですが、帯域が広がった電波もないとは言えません。 その様な局に文句を言うのも愚かなことですので、CQの合間などにその周波数に誰かいないかワッチします。
どんな状況でも相手局を拾い出す『ワッチ』力は、様々な強みを持ちます。 例えばビートをかけられた時にも、相手局の情報を聞き分ける力が発揮すると思います。
信号の強い局の前後も、交信が終わったタイミングを見計らってマスクされてしまう前後周波数を探ってみましょう。 陰に隠れた弱い信号が聞こえることがあります。 その信号は、500km以上離れたエリアからの電波であったりします。 コールサインを完全に理解するまで時間はかかりますが、弱い局も逃さない気持ちが交信のエリアを広げます。
最新リグの罪
IC-7300を購入し、聞いている周波数の前後が分かってしまうスコープ機能の便利さを実感しました。 周辺の運用局の存在が、ワッチしなくてもすんでしまう便利さは感動ものです。 便利になると、特に私はサボり癖が出るようで、『ワッチ』を忘れてスコープを見る時間が増えました。 こうなると『ワッチ』完全に忘れています。
スコープを見ていると、比較的近いエリアで信号の強い運用局は波形が現れます。 しかしノイズぎりぎりの遠方から送られてくる信号は、スコープの波形には反応を示しません。 このことからスコープに安心してしまうことなく、やはり『ワッチ』が必要だと思います。
インターネット情報の罪
インターネット上には、たくさんの情報が溢れています。 誰がどの周波数で運用しているという情報から、電離層の状態まで、利用することによりメリットは大きいものがあります。 しかし、その情報を鵜呑みにしてしまうと、交信のチャンスがするりと逃げてしまうことがあります。 どのように活用するかは各自の能力になりますので、経験を重ねる必要があると思います。
国立研究開発法人情報通信研究機構が公開している電離圏概況は、6mではEスポなどの電離層反射を使う通信には助かる情報です。 私も利用していますが、このページで確実にEスポ発生がわかるわけではありません。 6mのコンディションは気まぐれです。 突発的な短時間のオープンは、やはり『ワッチ』から逃れることができません。
移動運用前に、日本の上空の電離層がどのような状況か把握するには最高の情報だと思います。 これは統計を取ったことがなく確証はできませんが、「Eスポは2,3日同じような傾向で発生する」と聞いたことがあります。 その言葉を真実としたら、移動運用前日の電離層チェックはやっていた方がいいのかも知れません。
クラスターも同様です。 誰がどこの周波数を運用しているかわかる便利な機能ですが、100%聞こえるわけではありません。 グランドウェーブならある程度は活用できますが、Eスポではオープンするエリアが限られるケースが多く、 クラスター情報だけに頼ると、オープンを逃すこととなります。
経験ですが、あるとき栃木北部の局がEスポで6エリアと交信していました。 栃木南部にいた私は全く聞こえません。 同じ県内でもこれくらいの差があります。 待つこと10分程して栃木南部もオープンし始めました。 電離層の動きを実感できて、面白さを感じました。 このようなことがよくあるのが6mです。 基本は『ワッチ』となります。
まとめ
若いころ言われ続けた『ワッチ』。 「うるさいな」と思い続けていましたが、気がつければ自分が言う立場になってしまいました。 経験から言えることですが、『ワッチ』の必要性はあるレベルまで達しないと理解できないことかもしれません。 『ワッチ』が分かるようになれば、楽しさが広がることは間違えありません。
『ワッチ』がわかる先輩方は、新しく始められた無線家にはうるさく『ワッチ』を強要するのではなく、 何かのタイミングで『ワッチ』の必要性を説いていく必要があるのではないでしょうか。 人に技術・ノウハウを『伝える力』も、経験者には備える技術ではないかと感じます。