はじまり

自分のラジオが欲しい・・・部品を集めてAMラジオを作りました。 夜になるとラジオから聞こえる海外の放送局が不思議でした。 自宅にあった短波帯のラジオを聞くと、もっとたくさんの海外の放送が聞こえました。 海外放送を聞いて思ったこと。自分の声を電波で海外へ飛ばしてみたい・・・ こんな動機で始めたのがアマチュア無線です。14歳の時でした。

Jk1SPQ。 私に発給されたコールサインです。 早く無線をやりたいのですが、中学生は働いて無線機を買うことができません。 当時10万円以上もする海外と交信ができる短波帯の無線機を親にねだることもできません。 近所のアマチュア無線家のご厚意で、時々使っていない無線機を貸していただきました。 限られた時間でしたが楽しいひと時でした。

高校に入学すると自分の無線機が買うために、アルバイト始めます。 夏休みに稼いだアルバイト代で、両親に頼み込み「親ローン」で念願の無線機を手にいれました。 TS-520V。夢がかなったと思った瞬間でした。


挫折

アマチュア無線で自分の声を電波で海外に飛ばしたい。 その夢は無線の免許を取り、無線機を買えばかなうものではありません。 無線機以上に、アンテナは重要な設備でした。 考えずに上げると、電波は思うように飛んでいきません。 そしてアマチュア無線は楽しむノウハウを持っていないと、おもしろいものではありませんでした。

無線機の前に座って、毎日ただ他局の交信を聞くだけでは、おもしろさを感じませんでした。 呼んでも応答が返ってこない、もちろんCQなど出しても応答はない。 そんな無線生活は長続きせず、夢は高校を卒業して上京とともに忘れ去られたものなっていきました。 せっかく苦労して手に入れたTS-520Vは箱に入れられ、物置の奥深くで眠りにつきました。


再開

アマチュア無線との再会は、スキーです。 携帯電話が一般化していなかった当時、広いゲレンデで仲間との連絡にアマチュア無線は最適でした。 新しいコールサインの発給を受け、ハンディ機を使いだすと子供のころの記憶が浮かんできました。 また無線をやってみたいな。 放置していた無線機を引っ張り出し、アマチュア無線を再開することとなりました。 中学生だった少年は、いつの間にか父となっていました。

再開にあたり、今まで経験をしてこなかった50MHzをはじめました。 山の上で運用していた6mマンが、とても楽しそうに運用しているように見えたからです。 真似で始めた50MHzの移動運用ですが、やればやるほどコミュニティーの輪が広がりました。 アマチュア無線をやっと楽しめるようになったと思えたのが、初めての開局から20年も経過してからです。 遠回りをしましたが、これからも少しずつ、長くアマチュア無線と向き合い、楽しんでいきたいと思っています。