第1話 思いつきではじめるDX  ~ なんとなくDXでもやってみるか ~


2000/8/19

DXって何か難しそう。 チョット珍しいエンティティが出てくるとハイパワー局が寄ってたかって呼びまくり、ローパワーは全然交信できないできないし…。 やっと交信できてもQSLカードが送られてくるか保証がないし…。 何しろ英語が嫌いだから、相手の言っていることがわからない…。 そんなにたいへんなことをやると、ストレスがたまるだけ。 国内QSOで楽しんだ方が、日頃のストレスが発散できていいでしょ!

DXを始める前は、このように思っていました。 さらにコンディションの上昇により数年前から50MHzに現れはじめたDxer…。 国内QSOを楽しむ6mマンを邪魔にし、我が物顔で聞こえてくるDX局を呼ぶ闘志丸出しで呼びまくるものすごさ。 うわぁ~、お友達になりたくない~。 同じアマチュア無線家であっても、彼らは違う世界の方々と思っていました。

そんなDXに無関係な私がDXに踏み込んだのは、単なる思いつき…。

50MHzでWACAアワードをいただき、なんとなく違うことをやってみたいと感じていました。 愛読書のCQ誌には、一定量のDXコラムが掲載されています。 その量からDXファンはたくさんいるということです。 まず始めてみて「自分に合わなければ止めればいい」。 そんな気持ちで、この挑戦はスタートしました。

今日はCQ誌の発売日。 気温が上がる中、自転車で本屋に向かい、CQ誌を買ってきました。 エアコンの風に当たりながらゴロゴロ寝そべり、CQ誌のページをペラペラとめくります。 50MHzでWACAを受賞する前の、週末は年中移動運用とは全く違った快適な趣味の時間です。 途中で昼寝をし、目が覚めて続きを読み始める…そんなことを繰り返しました。

いつもは読まないDXのページにたどりつきました。 DXは英語ができないからダメ。 ヘボな発音で交信すると、全世界に恥をさらすからイヤ。 いろいろと理由をくつけて避けていたDXでしたが、実は昔、海外との交信にあこがれてアマチュア無線の世界に入りました。 自分の声が外国にまで飛んでいき、外国の人と会話をするなんてすごいことではないですか。 田舎すぎて外国人を見たことのない少年にとって、アマチュア無線はすごいことができる趣味に思えました。 はじめてのDX QSOは抑えきれない興奮状態になり、周囲に自慢しまくりました。 そんなことを思い出し、「子供の頃の夢を、おっさんになってから実現するのも悪くないかも?」と考えました。

DXのページに目を通し終わり、CQ誌を一度閉じました。 今まで真剣にやってきた50MHzは、WACAというアワードが欲しくて真剣に楽しむことができました。 DXでも同じかも知れません。 お恥ずかしい話、子供の頃から賞状に縁がないため、アワードをいただくことに自己満足が高まります。 DXのアワードというとDXCC。 まずは100エンティティーの交信を目指すことにしました。

DXを楽しむための設備。 都内にある自宅には集合住宅なので、目立つアンテナを上げることができません。 平日は趣味の時間もとれそうもないので、休日にHFのアンテナがある栃木の実家に戻ってDXを楽しみます。 リグは、2台持っています。高校時代にアルバイトで稼いで買ったTS-520V。 当時時給300円の酒屋のバイトを思い出します。 高校生がビールやウイスキーを担いで、歓楽街に出入り。 怖い思いもしましたが、そこで働くお姉さまにはかわいがられました。 懐かしい思い出が詰まる520です。 もう1台は雨宿りで寄ったハムショップで、クレジットカードで買ってしまったFT-100。 衝動買いにしては高価でした。 しばらく机の下に隠してありましたが、カードの引き落としの時にバレました。 アンテナは、7,21,28MHzのトライバンダ-八木が実家にあります。 カラスの止り木になっており、親からは邪魔もの扱いされているアンテナです。 せっかく上げたアンテナですから、有効利用したいと思います。

あれこれと頭の中で夢を描いていると、「パパ、遊びに行こう」と子供の声で現実に引き戻されました。 これから頻繁にDXを楽しむため、帰省が始まると思います。 それまで子供と思いっきり遊んでおこうと、残暑の厳しい中、公園に向かいしました。